hanshin 誰も、追いつけない。
<阪神大震災23年>悲しみに寄り添う雨
01月17日 21:12
阪神大震災から23年がたち、日没後も多くの人が訪れた東遊園地=
神戸市中央区で2018年1月17日午後5時47分、猪飼健史撮影
()
神戸市東部の副都心「HAT神戸」であった追悼行事には、宮城県
名取市など東日本大震災の被災地から訪れた約30人を含む約50人
が参加。「希望」「絆」などと書かれた竹灯籠(とうろう)300本を
「3・11」の形に並べ、同震災が起きた午後2時46分に黙とうした。
神戸市の東遊園地で早朝からあった「阪神淡路大震災1・17のつどい」
の参列者は約3万7000人(午後9時現在)。雨天も影響し、過去2番目
に少なかった。
(1+1+7)+(21 12)=9+(3 3)=15・・・1+5=6
2+1+8+1+1+7+5+4+7=36(6 6 6)×2
3+6+2+3=14
15+36+14=65・・・6+5=11
阪神・淡路大震災からきょうで23年
1月17日 7時25分
6434人が亡くなった阪神・淡路大震災から、17日で23年です。
神戸市など大きな被害を受けた地域では、地震が起きた午前5時46分に
合わせて遺族などが黙とうし、犠牲者を悼みました。
このうち神戸市中央区の公園「東遊園地」では、およそ7000本の竹の
灯ろうに明かりがともる中、遺族や当時被災した人たちなどが黙とうし、
犠牲者に祈りををささげました。
神戸市では17日朝は雨が降っていて、明かりが消えてしまうろうそくもあり、
集まった人たちが、雨から灯ろうを守ろうと傘で覆う姿も見られました。
このあと、敷地内の慰霊碑の前では、神戸市が主催する追悼のつどいが
開かれ、神戸市須磨区の崔敏夫さん(76)が遺族代表として追悼の言葉
を述べました。
崔さんは、53歳のときの震災で須磨区の自宅が全壊し、当時20歳の大学生
だった次男の秀光(スグァン)さんを亡くしていて、「二男を亡くし、家を焼かれ、
全財産を失い、ゼロからの出発ではなくマイナスからの出発は悲しくつらい
ものでした」と振り返りました。
そのうえで、「悲しみをのり越え、明るく安心して住みよい町づくりをめざし頑張る
ことが私のつとめであり、息子のためでもあります。『アボジ(父)頑張っているな』
と、息子のひと言を聞きたいです」と今の思いを語りました。
17日は各地で追悼行事が行われるほか、避難訓練や防災の講演会なども予定
され、犠牲者を悼むとともに震災を次の世代に「伝える」ための取り組みが1日を
通して続きます。
雨で参加者少なく
つどいの来場者数を時間別にまとめるようになった平成20年以降、午前7時の
子どもたちに伝えたい
兵庫県芦屋市の百々孝治さん(62)は「震災当時は神戸市東灘区に住んでおり、
23年前、神戸市長田区の自宅で地震にあった佐向七郎さん(76)は「震災では
神戸市東灘区の自宅で地震にあった山谷つや子さん(78)は「当時、26歳の娘と
人暮らしでしたが、倒壊した自宅の下敷きになり、娘は亡くなりました。娘に命を
神戸市垂水区で自宅で地震にあった相川尚子さん(54)は「自宅の被害はほとんど
当時、通勤の途中で被災し、自宅が損壊したという神戸市東灘区の54歳の会社員
兵庫県明石市に住む会社員の渡部華加さん(24)は「会社の異動で東京から兵庫県
当時、神戸市長田区の自宅で地震にあった中塚久子さん(49)は「家族には被害は
児童3人犠牲の小学校で黙とう
神戸市東灘区の本山第一小学校では、震災の2年後から毎年、犠牲者を追悼する
しかし、地域の人たちの手で続けることになり、17日、学校の児童や保護者など
「黙とうの会」の開催に尽力したボーイスカウトの三枝大介さんは「子どもたちが
9歳の息子と参加した、芦屋市に住む30代の女性は「息子には、たくさんの人が
北淡震災記念公園で追悼
兵庫県淡路市の「北淡震災記念公園」には、地震で地表に表れた野島断層の
17日、遺族などおよそ200人が集まり、公園の池に竹で作った灯ろうを浮かべ、
主催者によりますと、「しあわせ運べるように」は震災が起きた年から歌われて
淡路市内で被災し、現在、震災の語り部をしているという女性は「震災で家の中
また、北淡震災記念公園の米山正幸総支配人は「若い世代は震災から復興した
(23 1+1+7+7+2+5)(23 23)(5 5)(11×5)
6+4+3+4=17 1+7+2+3=13
1+7+1+3=12(6 6)
5+4+6=15 7+1+7=15
(15 15)(6 6)
7+6+5+3+2+1+7+1=32
12+15+15+32=74・・・7+4=11
5時46分・・・4回 20時184分
2+1+8+4=15・・・1+5=6
阪神・淡路大震災から23年 神戸市や淡路市で追悼行事
1995年1月17日5時46分に発生した阪神・淡路大震災から、2018年1月17日で
23年となり、犠牲者を悼む行事が兵庫県神戸市や淡路市で開かれた。
神戸市では中央区の東遊園地で「阪神淡路大震災1.17のつどい」が17日夜
まで行われている。NHKなどによると、参加者は地震が発生した5時46分に
黙とうをささげ、須磨区に住む崔敏夫さんが遺族代表として追悼のことばを述べた。
7時段階で、約3700人が集まったという。
淡路市では北淡震災記念公園に遺族など200人が集まり、公園の池に灯ろうを
浮かべたり、復興を願い作られた歌「しあわせ運べるように」を歌うなどして追悼
の意を表したという。
阪神・淡路大震災は淡路島北部を震源地として発生した。神戸市須磨区鷹取や
灘区六甲道などでは震度7を記録し、死者6434人を出す甚大な被害をもたらした。
1+9+9+5+1+1+7+5+4+6=48
2+1+8+1+1+7+2+3=25
1+1+7+1+7=17
5+4+6+7+3+7=32
2+7+6+4+3+4=26
4+8+2+5+1+7=27
3+2+2+6=13
27+13=40(2 2)(11×2)
【阪神大震災23年】竹灯籠の文字、今年は「1995 伝 1・17」
風化は避けがたいが「改めて『伝える』ことを考える」
01月16日 13:14
阪神大震災の犠牲者をしのび、神戸市中央区の東遊園地で17日に
開かれる追悼行事「1・17のつどい」の実行委員会は15日、竹灯籠を
並べて作る文字を「1995 伝(つたえる) 1・17」に決定したと発表した。
ペットボトルで作られたものを含む約7800本の灯籠を使って縦約35メートル、
横約30メートルの文字を浮かび上がらせる。
実行委は、公募で全国から寄せられた172件から最も多かった「伝」を
選んだ。震災犠牲者らを追悼する東遊園地の「慰霊と復興のモニュメント」
が昨年12月に落書きされるなど、記憶継承が課題となる中、風化防止
への思いを込めた。
実行委の藤本真一委員長は「風化を避けることは難しいが、『伝える』
とはどういうことかを改めてみんなで考え、震災を語り継いでいきたい」と話した。
1+1+6+1+3+1+4=17・・・1+7=8
7+8+3+5+3=26・・・2+6=8
2018/1/17 22:00神戸新聞NEXT
(Wikipediaより)
東遊園地(ひがしゆうえんち)
兵庫県神戸市中央区加納町6丁目にある都市公園。
神戸市役所の南、フラワーロードの西に広がる。神戸市が管理する。
1868年に外国人居留遊園の名称で開園した日本で最初の
西洋式運動公園とされる。開園当時は外国人専用であった。
公園内には、ボウリング発祥の地の碑・近代洋服発祥地の
碑などの各種の記念碑がある。
毎年12月におこなわれる光の祭典「神戸ルミナリエ」では、
東遊園地のグラウンドが終端の会場となっている。
歴史的には旧居留地の開設に伴い、外国人専用の運動公園
として開設された。園内のグラウンドで外国人らが野球、ラグビー、
サッカー、ボウリングなどのスポーツを行ったことで、日本に
それらのスポーツが広まるきっかけとなった。
神戸ルミナリエ(こうべルミナリエ)は、のにおいて、
から毎年12月に行われている祭典、または電飾されている場所を指す。
通りや広場を独特の幾何学模様で構成された(電飾)で飾り、
昼間とは異なる風景を現出させてその景観を楽しむ。
=
2012 スパリエーラ
北淡震災記念公園
1995年(平成7年)1月17日午前5時46分。
この瞬間は淡路市にとって、決して忘れることのできない時間、
また日であります。
この日起こった震災によって、淡路市でも尊い命が奪われ、多くの
負傷者、家屋等の損壊などの被害を受けました。
野島断層保存館では地表に現れた地震断層のずれをありのまま
に保存しており、地震の恐ろしさを目の当たりにすることができます。
また、震災体験者による「語りべ」も開催しております。(予約制)
お問合せ先 Tel.0799–82–3020
Fax.0799–82–3027
7+9+9+8+2+3+2=40(2 2)(11×2)
7+9+9+8+2+3+2+7=47・・・4+7=11
6+5+6+2+2+9+2=32
32+8=40(2 2)(11×2)
|
|
1+4+7+3+7=22(11×2)
6+4+3+4=17
2+2+1+7=12(6 6)
1/17(水) 1:53 掲載
東日本被災地は地元負担ゼロ「不公平」の声も
6434人が亡くなり、3人が行方不明となった阪神・淡路大震災は17日、発生から
23年を迎える。震災が奪ったもの、残したもの、伝えていくこと-。被災地は「あの日」
と向き合う人々の思いで包まれる。行政の取り組みにも終わりはない。
兵庫県は「防災庁」創設など防災行政の意義を全国に発信する一方、今も後遺症
にあえぐ。被災自治体の多くが危機的な財政状況を脱した中、復興事業に要した県
の借金はいまだ約4千億円残っており、老朽化が進む県庁舎の建て替えなど、
今後の備えにも暗い影を落とす。(黒田勝俊)
県は震災半年後の1995年7月、10年間の復旧・復興計画「ひょうごフェニックス
計画」を策定。「創造的復興」を掲げてインフラや福祉、防災など多岐にわたる事業
を展開し、県の負担は2兆3千億円に上った。うち1兆3千億円を県債発行(借金)
で賄ったが、公債費(借金返済額)が膨らみ、歳出が歳入を上回る「収支不足」を、
基金(貯金)や新たな借金で穴埋めした。
収支不足が1120億円に達した2008年度からは、職員の給与や定数削減など
11年間の行財政構造改革(行革)に着手。18年度には、震災後初めて収支不足
を解消する見通しだが、震災関連の借金残高は4386億円(16年度決算)。
将来の借金負担の重さを示す将来負担比率は324・7%(同)と都道府県別で
10年連続のワーストとなり、「すぐに脱するめどは立たない」(県財政課)とする。
「不公平だ。阪神・淡路が先に起きたからなのか」。県議会からはこんな声も上がる。
背景にあるのは、11年3月の東日本大震災。国は11~15年度を東日本の集中
復興期間と位置付け、復旧・復興事業の地元負担を実質ゼロにした。被災自治体
の財政が逼迫(ひっぱく)した阪神・淡路の教訓が生きたともいえるが、震災の借金
に対する措置を今も求める兵庫県に、国が応える様子はない。
井戸敏三知事は、行革が終わった19年度以降も「一定の財政対策は必要」とする。
頭を悩ますのが、巨額を要する県庁舎(神戸市中央区)の建て替えだ。県庁1号館
(1966年築)や2号館(70年築)は震災後に耐震補強したが、建設から約半世紀が
たち、災害時の司令塔としては将来的な強度に懸念も残る。ただ「1千億円プロジェクト
になるのは間違いない。かなり難しい検討になる」(井戸知事)と建て替えか、改修か
で揺れている。
6+4+3+4+3=20(1 1)
1+7+2+3+4=17
1+9+9+5+7+1+2+3+1+3=41
1+1+2+2+8+1+1=16
2+1+7+4+1+1+6=22(11×2)
1+8+4+3+8+6+1+6=37
3+2+4+7+1=17
1+1+3+1+1+1+5=13
3+7+1+7+1+3=22(11×2)
1+9+1+1+9+6+6=33(11×3)
2+7+1=10
2+2+2+2+3+3+1=15・・・1+5=6
神戸新聞NEXT
1+4+9+6=20 (1+4+4=9) ・・・2+9=11
1+4+4+2+7+4=22 (1+3+6+9+5+2=26) ・・・2+2+2+6=12(6 6)
3+9+5+6=23 (2+9+7+8+1+1=28) ・・・2+3+2+8=15・・・1+5=6
6+3+9+6+8+6=38 (5+3+8+7+6+7=36) ・・・3+8+3+6=20(1 1)
< p>
1995年1月17日午前5時46分、淡路島北部を震源地とする地震が発生。
観測史上初の震度7を記録した都市直下型地震となった。
近畿地方をはじめ西日本でも大きな揺れを観測した。被災地では建物の
倒壊や火災で大勢の人たちが犠牲になり、7割を超えて窒息・圧死が死因と
なった。また、学校や公共施設などの指定避難所だけでなく、公園や民間
の建物に身を寄せる人も多く、最大役31万人が避難しました。鉄道や道路、
インフラ設備などが寸断され、復旧までに長い時間を費やしました。
関連死を含めた死者が6434人、住宅被害が約64万棟の巨大災害に。
2月14日、政府は「阪神・淡路大震災」という呼称を決めた。
1+9+9+5+1+1+7+5+4+6=48
(7 7)+3+1=18
6+4+3+4+6+4=27
2+1+4=7
4+8+1+8+2+7+7=37
3+7+2=12(6 6)
地震発生直後から同時に多発する火災。炎と黒煙が市街地を覆い尽くした
=1995年1月17日午後4時ごろ、神戸市長田区大丸町、大丸山公園から
激震で発生時の時刻で止まり校庭の花壇に落下した大時計=
1995年1月17日、神戸市東灘区魚崎中町、魚崎小学校
フェニックス合唱団 鎮魂の譜
〒656 – 1736 兵庫県淡路市小倉177 |
2018年1月17日 5:00~6:00
兵庫県淡路市 北淡震災記念公園
北淡震災記念公園で午前5時46分からフェニックス合唱団による
阪神淡路大震災の追悼のコンサートが開催されます。黙祷のあと、
約150人による合唱が行われます。
6+5+6+1+7+3+6=34&1+7+7=15
3+4+1+5=13
2+1+8+1+1+7+5+6=31
(13 31)(4 4)(11×4)
(5+4+6 15)(15 15)(6 6)
(Wikipediaより)
阪神淡路大震災
(7年)5時46分52秒(=)、
)沖の(34度35.9分、
として、7.3のが
発生した。
1+9+9+5+1+1+7=33
5+4+6+5+2=22
33+22=55(11×5)
3+4+3+5+9=24&1+3+5+2+1=12
24+12=36(6 6 6)×2
2+4+1+2+1+6=16(8 8)
16+7+3=26・・・2+6=8
東日本大震災
2011年3月11日14時46分18秒
2+1+1+3+1+1=9
1+4+4+6+1+8=24
9+24=33(11×3)
2011/3/11~1995/1/17
16年57日=4437日
4+4+3+7=18(6 6 6)
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