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帰還 奇妙な学園ストーリー
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帰還あふれる笑顔
キノコに毒があるかなんて構っていられない
やがて厳寒の冬が過ぎ去り、暖かい日差しが戻ってくるようになると、徐々に食料事情も良くなっていった。
中島さん:夏には平原に生い茂った野草を自分たちで煮て食べました。キノコが生える時期は松の木の周りが一面、色とりどりの状態になります。手当たり次第にとってきて、岩塩で味付けして食べました。毒があるかどうか? そんなことは構っていられませんよ。
夏には、白樺の幹を傷つけてほんのり甘い樹液(キシリトール)を飲んだり、冬には松の皮の樹皮を剥いで、幹と樹皮の間の皮を煮て食べたりもした。松の間の皮は一見、昆布の佃煮のようで、味はすっぱくてエグみがあったが、腹の足しにはなった。
こうして最初の四季を越した中島さんは、生きるペースをつかんでいく。重労働以外の仕事に配置されることもあった。
中島さん:ラーゲリでは健康かどうかを判断するため定期的に身体検査がありました。素っ裸にさせられて、女医さんが1人1人調べていくんです。といっても、太ももの付け根をひねって、その戻り具合で健康かどうか判断する程度ですけどもね。その検診であまり健康でないと判断されたとき、衛生兵の手伝いをしたり、便所の手入れをしたりしました。
▲ラーゲリでの身体検査の様子
▲当地では軍医といえばほとんどが女性だった
▲炊事場勤務は比較的楽な仕事だったようだ
中島さん:中でも長かったのが、病院での入院患者の世話係です。自分が木を伐採していて下敷きになったときに右足を骨折して入院したんですが、ギプスをされた後、患者たちの世話を命じられました。ただ、私が世話した盲腸患者のうち7~8割は亡くなりましたね。症状が悪化して手術直前という状態になってからようやく運ばれてきていたから。日本で手術すれば助かるものを、あれは本当に無念だったでしょう。
ちょうどその頃、ラーゲリ内ではソ連側による思想教育が着々と進んでいた。仲間たちはその手のスローガンを大声で言わされたり、密告が奨励されたりしたようだが、中島さん自身は病院勤務だったため、逃れることができたのだった。
▲ハタチそこそこの少年にとって、院内で目にするあらゆる光景が好奇心の対象だったに違いない
すべては祖国の地を踏むために
昭和23年。日本では行員12人が毒殺された帝銀事件が起こり、歌謡曲では「ブキウギ」が大ヒット。まだまだ混乱期のまっただ中とはいえ、街場には確実に活気が戻りつつあった。
中島さんがソ連兵から「帰還者」として名前を呼ばれたのは、同年6月のことだった。
中島さん:「日本に帰れるぞ」と言われたけども信用はできませんでしたね。別のラーゲリに移されるだけかもしれないと。だけど連中は「プラウダ(本当だ)」と。
半信半疑で列車に乗り込むと、たどり着いたところは、日本海に面するナホトカという街だった。
ナホトカでは、船に乗り込むのを待つまでの10日間、毎晩集められて共産主義の思想をどこまで吸収しているかを測るため質問された。うまく答えられなければ、ラーゲリへ逆戻り。中には、北極圏に戻された人間すら出てくる中で、中島さんは必死になって質問に答える勉強に励んだ。すべては再び祖国の地を踏むためだった。
中島さん:6月11日、日本からやってきた英彦丸に乗り込むことになりました。ソ連軍将校や思想教育をみっちり受けた日本人アクチブの連中が、まだ染まりきっていない人間を引きずり下ろそうと目を光らせていて、気が気でありませんでしたが、名前を呼ばれて船のタラップを登り切ることができました。そして船長や船員、看護婦さんたちが「ご苦労様でした」と出迎えてくれたときは、感激しました。
▲復員時、船上から見えた光景はいまでも脳裏に鮮明に残っているという
の舞鶴港(当時は東舞鶴港)についたのは6月14日。中島さんはついに祖国の地を再び踏むことができた。日本を離れてまもなく3年が経とうとしていた。
上陸後、まずはDDT(シラミなどの防疫対策の殺虫剤)を散布され頭の上から足先まで全身真っ白に。その後は、前の記憶もないほど久しぶりの入浴。身も心も芯から温まった。
中島さん:白い割烹着の女性にお茶の接待をしていただいて、何年ぶりかの日本のお茶を飲んで生涯あんなに感激したことはありません。その後は、3年ぶりの米の飯をいただきました。米のご飯がこんなにおいしいものか、と。お味噌汁といい、おしんこといいね。あとはほうれん草のおひたし、海苔、焼き魚。日本人に生まれて良かったと心底感じました。
▲中島さんの絵をまとめた絵画集(残念ながらこれは非売品)
語らずに死ねるか
復員した中島さんは、知人に誘われて炭鉱で働いた後、夜間大学に入って勉学に打ち込む。
その後はゼネコン関連の仕事を手がけ、バブル時代には自分の会社を持つまでになった。リタイアした現在は、郊外に家族と住んでいる。
最後に、ご自身にとってのシベリア抑留とはどんな意味を持つのかを聞いてみる。
中島さん:シベリアの経験にしろ、戦後の経験にしろ私の人生において無駄だったと思う体験はひとつもありません。ソ連の仕打ちは確かに許せないが、ソビエト人が嫌いかと言ったらそんなことはない。彼らの良さも十分知っているつもりです。ラーゲリでやらされた仕事は過酷でしたが、労働は誠心誠意やったし、現地ではハラショーラボータ(勤労賞)も2度もらったほどです。労働は神聖なものですからね。一生懸命やれば誰かが見てますよ。
地獄の底のような体験をしたかって? それは考え方次第です。3キロのパンを20等分するとき、端っこを取り合いになりましたよ。パンって焼き皮のある方が香ばしくて食べ応えがあるでしょ。これ食べないと死ぬとなったとき、他の人にあげますか。あげる人ばかりだったら戦争は起きないです。みんな自分のことを先に考える。だから戦争はなくならないし、誰かがそれを言わなければならない。だから思うんですよ、「語らずに死ねるか」と。
92歳という年齢を感じさせない力強さで、中島さんはそう言った。
次々とあふれ出る言葉に打ちのめされるばかりで、返す言葉を失ったままインタビューを終えた。
▲時折、中島さんはこの映画のポスターを指さしながらとうとうと語り続けた
中島さん:抑留中、骨折したときの処置が下手だったから、今も右足は左足より2センチ細いままなんですよ。ある日、女房から「あなた、足の太さが全然違うね」って言われてね。それまで何十年も気がつかなかった。
そう笑う中島さんだが、かくしゃくとし、実に元気そうだ。
2006年頃から積極的に行っているというこの抑留体験の講演を1年でも多く続けていただければと切に願っている。
▲2006年頃から積極的に講演を行っている
取材協力:
書いた人:西牟田靖
1970年大阪生まれ。家族問題から国境、歴史、蔵書問題まで。扱うテーマが雑多なフリーライター。「僕の見た大日本帝国」(角川ソフィア文庫)、「誰も国境を知らない」(朝日文庫)、「わが子に 会えない」など著書多数。2018年には「本で床は抜けるのか」が文庫化された。
- Twitter:
-完-
===========================================================>「あげる人ばかりだったら戦争は起きないです」
世界中がね?
あげてもないのに奪っておいて、もっとよこせと言う国や、
他人のものが欲しくなったら、前から自分のものだったと言い募る国に、
囲まれていることを忘れてぼんやりしていても、
戦争は起きると思います。
余計なことですが。
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