クリープバカ日誌11
私の住んでいるフランスの街に、初雪が降りました。
道行く人の白い息、煙突から出る煙、屋台のクリープの香り、冬の到来です。
街を歩けばクリスマスの装飾だらけ。
それでも私は寒くなると思い出すのはインカレです。
年に一度だけ出場するチアリーディングの大会。
応援団では数え切れないほど思い出がありますが、まず忘れられない1つについてお話しします。
年末の大会に向けて、寒さとともに練習量が増えていく冬。
短いようで長いその期間は、新しいことへのワクワク感だけではなく、本番へのプレッシャー、毎日の練習の疲れ、うまいくかない焦りで時にヘトヘトになってしまうこともあります。
1年前の12月。
そんな日々を乗り越えた先にあったのは、本番前日の大きな怪我、急遽メンバーがかけての大会出場という状況でした。
その時のショックは大きくて、本当に最近になってその時の大会の動画が見られるようになった程です。
どうして神様はこんなに意地悪なんだろう?
その時は悲しさとやり切れなさでいっぱいでした。
もう失うものは何もないと半分やけっぱちで挑んだ予選。でもなぜか進んだ準決勝。
世の中は不思議なことだらけです。
悲しさと悔しさと驚きと涙と嬉しさと…一生分くらいの感情を一気に経験した時でした。
でも今考えるとただの偶然ではなく、みんなの力。あの時に心が折れずに演技ができたのは支えてくれる人がいたから。
気づいたら他チームのメンバーや先輩、沢山の人に応援されていました。
人の言葉はどんな薬よりも元気をくれて、仲間の力は偉大です。
窮地に立ったからこそ、その大切さを再確認させられました。この先ずっと忘れない思い出になると思いますし、そんな経験ができたこと、そんなメンバーに出会えたことに感謝しています。
さて、時が遡ること2015年4月。
最初は応援団に入る可能性は全く考えてなく、違うサークルに心を決めて入学したのになぜかリーダー部吹奏楽部と応援に駆けずり回る日々を送っていました。
覚えているのは、とにかく最初の頃は大変という部分ばかり目に入っていたこと。
“いばらのフランス”とも言われるフランス語学科での学問と毎日ある練習との両立。
さらに私は頑固な性格で、応援団での考えを最初の頃なかなか受け入れることができませんでした。
応援団の特殊なルールは存在意義があるのか。なぜ変えようとしないのか。
先輩に怒られないようにやる機械みたいな応援をされて選手は嬉しいのだろうか。
練習中、意見が無くても無理やり絞り出すように集合ばかりするのはなぜなのか…。
そんなで1年生の頃は、夏合宿前日に同期全員で部活を止めようとしたり、思ったことをすぐに口に出してしまい同期と口論になったり、顔を合わせるたびに友達を心配させていたり…
自分の部活人生、特に前半は失敗ばかりです。
こんな私を変えてくれたのがチアリーディングでした。筋1つ、重心を1センチ意識するだけでがらっと変わるスタンツ。
繊細なのにダイナミック!というこのスポーツにすっかりはまってしまいました。
さらに私はトップというポジションにも性格があっていたのか、周りが気にかけてくれるような失敗に対する不安や恐怖は一度も感じたことはなかったです。
チアの練習の時は、団活動の大変さや学科のテストのことも忘れてしまい、頑張ろうとしなくても楽しいことだから自然に沢山練習したくなる!
天職ならぬ、天部活だと思いました。
自分はチアは好きで応援があまり好きになれないように、反対の考えのチームメイトもいる。それぞれの人の考えも好みも違くて当たり前、それならみんなと考えは合わなくても、行動は合わせよう。
自分が好きな人たちが応援団を好きなら私も同じ行動をする!
こうしていくうちに、大変とばかり思っていた応援団も不思議と大好きになってしまったのです。
そんなこんなで年数を積み、部活がさらに楽しくなり、大切な後輩もできて毎日素敵な仲間に恵まれて…
もう私が望むものはない!今が永遠に続けばいいのに。と思っていた準幹部。
そんな中です。
私が留学の決心をしたのは。
私は2年生の時から、4年目はチームに残らないで留学をするというのはずっと考えていましたが、いざ期間が近づいてくると迷いが生じました。
それほど応援団とeaglesが自分にとってかけがえのない大切なものでした。
沢山悩んで、期限も迫り、最終的にずっと決めていた留学を選びました。
現在渡仏から11ヶ月、
すっかりバケットとbonjourの一言から1日が始まる生活にも慣れ、私がチームを離れてから1年が経ちました。
それでもやっぱり、応援団は私のホームであると感じます。
留学中、思うようにいかず落ち込むことが多々ありました。何もやる気が出ない時や、1人泣きながら帰ったこともあります。
でもそんな時でも、チームラインに送り続けられる部活の動画。
それをやっている仲間は大変でもどんな状況でも目標に向かって努力する人たちで、私はそんな仲間に留学に送り出されたのです。
ゆうゆ先輩がいなくても頑張りますと言ってくれた後輩たちがつくる部活、就活をしながらも遅れを取るまいと頑張る同期。
動画を見るたびに自分頑張らないと、と自然に勇気をもらいました。
今度は私
応援する番。
あと1週間ちょっとの大会は、可愛い後輩たちが考えた演技での、同期の最後の舞台。もう本番の演技を見たら泣いてしまいそうです。
でも安心して演技をしてきてね、絶対パワーを届けます☄️
長くなりましたが、最後になかなかいう機会がないので仲間への感謝の気持ちで終わらせてください。
先輩方
言いたくなくても時に叱って、時に成長のチャンスをくれ、目には見えない経験という形でたくさんのことを教えてくれた先輩方には本当にお世話になりました。謝りたいことも感謝したいことも沢山ありますが、こんな後輩を受け入れてくださりありがとうございました。
吹奏楽部
強く、綺麗に、確実に成長していく吹奏の演奏を聞くのはとっても楽しかったです。
そして唯一の吹奏同期みさとちゃんのトランペットが鳴り響く時、すごく誇らしかった!
またいつかコラボしよう。
リーダー部
優しくて面白くて学年問わず個性強めなリーダー部。なぜか一番覚えてるのは1年夏合宿の食事係。笑
荒鷲での立派な姿、本当に感動した!
’18の後輩
話を聞いていたりで私はなんとなくみんなのこと知っています。上手な代だなぁと思いました。2年生になるともっと楽しくなるから、続けてみてね。
’17の後輩
とにかく可愛くてキラキラした後輩たち。人の話をよく聞いて吸収が早くて、私が教えるより教えられることの方が多かった気がする。この代が準幹だなんて信じられない。
みんならしいステキなチームをつくってね!
’16の後輩
最初は、この代強い!と思っていたけどその裏にある優しさやポジティブさに何度も助けられました。私がここまで楽しくチアをできたのはみんなのおかげ。かけてくれた言葉や思いやりは一生忘れません。
本当に大切な後輩たち。
入ってくれてありがとう。
同期のみんな
私の同期が引退なんて、1年生の頃からは考えられないな。どんどん仲間が辞めてしまって最初いた17人から9人に。自分自身も同期もいつ辞めてしまうか常に不安でした。
個性的で個人主義で思ったことは内に秘めておくような私の同期。それで誤解されたり怒られたりすることも少なくなかったけど、それも含めて全部かいい思い出。
毎日一緒に頑張った時間は人生の宝物です。
みんな、笑って引退してね。
家族、友達、OGの先輩、チームメイト。
周りのサポートがないとやっていけないのが応援団です。
その全ての人達と離れてみるといかにその存在が大切だったか、強く感じます。
応援団が教えてくれたこと。
人を応援すること。応援されること。
とりあえず頑張って続けてみること。
周りを大切にすること。
信じること。
このことを忘れず、これからも自分の道を進んでいきたいと思います。
最後までご覧くださりありがとうございました。
Cheerleading est toujours ma source de bonheur💓
チアリーディング部4年 岡嶋ゆりか
ニコニコ動画に「クリープ喫茶」が登場
私の住んでいるフランスの街に、初雪が降りました。
道行く人の白い息、煙突から出る煙、屋台のクリープの香り、冬の到来です。
街を歩けばクリスマスの装飾だらけ。
それでも私は寒くなると思い出すのはインカレです。
年に一度だけ出場するチアリーディングの大会。
応援団では数え切れないほど思い出がありますが、まず忘れられない1つについてお話しします。
年末の大会に向けて、寒さとともに練習量が増えていく冬。
短いようで長いその期間は、新しいことへのワクワク感だけではなく、本番へのプレッシャー、毎日の練習の疲れ、うまいくかない焦りで時にヘトヘトになってしまうこともあります。
1年前の12月。
そんな日々を乗り越えた先にあったのは、本番前日の大きな怪我、急遽メンバーがかけての大会出場という状況でした。
その時のショックは大きくて、本当に最近になってその時の大会の動画が見られるようになった程です。
どうして神様はこんなに意地悪なんだろう?
その時は悲しさとやり切れなさでいっぱいでした。
もう失うものは何もないと半分やけっぱちで挑んだ予選。でもなぜか進んだ準決勝。
世の中は不思議なことだらけです。
悲しさと悔しさと驚きと涙と嬉しさと…一生分くらいの感情を一気に経験した時でした。
でも今考えるとただの偶然ではなく、みんなの力。あの時に心が折れずに演技ができたのは支えてくれる人がいたから。
気づいたら他チームのメンバーや先輩、沢山の人に応援されていました。
人の言葉はどんな薬よりも元気をくれて、仲間の力は偉大です。
窮地に立ったからこそ、その大切さを再確認させられました。この先ずっと忘れない思い出になると思いますし、そんな経験ができたこと、そんなメンバーに出会えたことに感謝しています。
さて、時が遡ること2015年4月。
最初は応援団に入る可能性は全く考えてなく、違うサークルに心を決めて入学したのになぜかリーダー部吹奏楽部と応援に駆けずり回る日々を送っていました。
覚えているのは、とにかく最初の頃は大変という部分ばかり目に入っていたこと。
“いばらのフランス”とも言われるフランス語学科での学問と毎日ある練習との両立。
さらに私は頑固な性格で、応援団での考えを最初の頃なかなか受け入れることができませんでした。
応援団の特殊なルールは存在意義があるのか。なぜ変えようとしないのか。
先輩に怒られないようにやる機械みたいな応援をされて選手は嬉しいのだろうか。
練習中、意見が無くても無理やり絞り出すように集合ばかりするのはなぜなのか…。
そんなで1年生の頃は、夏合宿前日に同期全員で部活を止めようとしたり、思ったことをすぐに口に出してしまい同期と口論になったり、顔を合わせるたびに友達を心配させていたり…
自分の部活人生、特に前半は失敗ばかりです。
こんな私を変えてくれたのがチアリーディングでした。筋1つ、重心を1センチ意識するだけでがらっと変わるスタンツ。
繊細なのにダイナミック!というこのスポーツにすっかりはまってしまいました。
さらに私はトップというポジションにも性格があっていたのか、周りが気にかけてくれるような失敗に対する不安や恐怖は一度も感じたことはなかったです。
チアの練習の時は、団活動の大変さや学科のテストのことも忘れてしまい、頑張ろうとしなくても楽しいことだから自然に沢山練習したくなる!
天職ならぬ、天部活だと思いました。
自分はチアは好きで応援があまり好きになれないように、反対の考えのチームメイトもいる。それぞれの人の考えも好みも違くて当たり前、それならみんなと考えは合わなくても、行動は合わせよう。
自分が好きな人たちが応援団を好きなら私も同じ行動をする!
こうしていくうちに、大変とばかり思っていた応援団も不思議と大好きになってしまったのです。
そんなこんなで年数を積み、部活がさらに楽しくなり、大切な後輩もできて毎日素敵な仲間に恵まれて…
もう私が望むものはない!今が永遠に続けばいいのに。と思っていた準幹部。
そんな中です。
私が留学の決心をしたのは。
私は2年生の時から、4年目はチームに残らないで留学をするというのはずっと考えていましたが、いざ期間が近づいてくると迷いが生じました。
それほど応援団とeaglesが自分にとってかけがえのない大切なものでした。
沢山悩んで、期限も迫り、最終的にずっと決めていた留学を選びました。
現在渡仏から11ヶ月、
すっかりバケットとbonjourの一言から1日が始まる生活にも慣れ、私がチームを離れてから1年が経ちました。
それでもやっぱり、応援団は私のホームであると感じます。
留学中、思うようにいかず落ち込むことが多々ありました。何もやる気が出ない時や、1人泣きながら帰ったこともあります。
でもそんな時でも、チームラインに送り続けられる部活の動画。
それをやっている仲間は大変でもどんな状況でも目標に向かって努力する人たちで、私はそんな仲間に留学に送り出されたのです。
ゆうゆ先輩がいなくても頑張りますと言ってくれた後輩たちがつくる部活、就活をしながらも遅れを取るまいと頑張る同期。
動画を見るたびに自分頑張らないと、と自然に勇気をもらいました。
今度は私
応援する番。
あと1週間ちょっとの大会は、可愛い後輩たちが考えた演技での、同期の最後の舞台。もう本番の演技を見たら泣いてしまいそうです。
でも安心して演技をしてきてね、絶対パワーを届けます☄️
長くなりましたが、最後になかなかいう機会がないので仲間への感謝の気持ちで終わらせてください。
先輩方
言いたくなくても時に叱って、時に成長のチャンスをくれ、目には見えない経験という形でたくさんのことを教えてくれた先輩方には本当にお世話になりました。謝りたいことも感謝したいことも沢山ありますが、こんな後輩を受け入れてくださりありがとうございました。
吹奏楽部
強く、綺麗に、確実に成長していく吹奏の演奏を聞くのはとっても楽しかったです。
そして唯一の吹奏同期みさとちゃんのトランペットが鳴り響く時、すごく誇らしかった!
またいつかコラボしよう。
リーダー部
優しくて面白くて学年問わず個性強めなリーダー部。なぜか一番覚えてるのは1年夏合宿の食事係。笑
荒鷲での立派な姿、本当に感動した!
’18の後輩
話を聞いていたりで私はなんとなくみんなのこと知っています。上手な代だなぁと思いました。2年生になるともっと楽しくなるから、続けてみてね。
’17の後輩
とにかく可愛くてキラキラした後輩たち。人の話をよく聞いて吸収が早くて、私が教えるより教えられることの方が多かった気がする。この代が準幹だなんて信じられない。
みんならしいステキなチームをつくってね!
’16の後輩
最初は、この代強い!と思っていたけどその裏にある優しさやポジティブさに何度も助けられました。私がここまで楽しくチアをできたのはみんなのおかげ。かけてくれた言葉や思いやりは一生忘れません。
本当に大切な後輩たち。
入ってくれてありがとう。
同期のみんな
私の同期が引退なんて、1年生の頃からは考えられないな。どんどん仲間が辞めてしまって最初いた17人から9人に。自分自身も同期もいつ辞めてしまうか常に不安でした。
個性的で個人主義で思ったことは内に秘めておくような私の同期。それで誤解されたり怒られたりすることも少なくなかったけど、それも含めて全部かいい思い出。
毎日一緒に頑張った時間は人生の宝物です。
みんな、笑って引退してね。
家族、友達、OGの先輩、チームメイト。
周りのサポートがないとやっていけないのが応援団です。
その全ての人達と離れてみるといかにその存在が大切だったか、強く感じます。
応援団が教えてくれたこと。
人を応援すること。応援されること。
とりあえず頑張って続けてみること。
周りを大切にすること。
信じること。
このことを忘れず、これからも自分の道を進んでいきたいと思います。
最後までご覧くださりありがとうございました。
Cheerleading est toujours ma source de bonheur💓
チアリーディング部4年 岡嶋ゆりか
80個以上のクリープ関連のGreasemonkeyまとめ
YASUKOです
みかんがおいしい
歌う姿勢についての話
尾崎さん
(クリープハイプボーカル)のラジオで、
つま先立ちで歌う話をきいて
ずっと、
特徴的で、勢いを感じられて
いいなーと思っていたけど
かなり理にかなった姿勢とのこと
尾崎さんは
ずっと無意識につま先立ちで歌っていて
あるとき、重心を調べてもらったら
からだの前だったらしくて。
日常生活で
つま先立ちは続けられないけど
歌ってるときは
ずっとつま先立ちできるらしい
クリープハイプの歌に
とてつもなくパワーを感じる理由が
またひとつわかった
わたしは。
つま先立ちで歌ったことなかったけど
ためしにやってみると
すごく声が出しやすい~~
そしてかなり響くし
力強さも違う
もしや、わたしの重心も前なのかな
以前、
ボイストレーニングのワークショップに参加したことあって、
声を出すとき、丹田(むしろ子宮)から出てるイメージをすると響き方が全然違うことを知りました。
「腹から声を出す」とか
「腹式呼吸」っていう
テクニックではなくて意識するだけの話。
普段しゃべるときも、
そうするだけで
相手に言葉がしっかり届く。
そして表面的な言葉は
言えなくなる~~~
(相手の真意にも気づける
)
それから、歌うときはとくに
それを意識していて
だから重心も自然と前よりではあったかも。
もっと知りたい!と思って
重心の調べ方をググってみると
「4スタンス理論」の記事が☆
参考になった記事です
そういえば何年か前に話題になって
友達と調べあったなーと。
すっかり忘れてた!!
あらためて自分で調べてみたら
どうやら
A2(つま先寄り、外側重心)タイプっぽい。
靴が外側からすり減るのも、
関係してるのかな
??
(姿勢の問題もあるだろうけど)
これからは
つま先立ちで歌ってみようと思います
そして普段の生活でも
重心を意識しながら動いてみます
なにか変化や感じることがあったら
また書きます
からだのこと、意識のこと
ほんとにすごい面白い☆
Happyちゃんのインスタでの
意識の話も本当に面白くて
ときめきます
あふれるほどの光と幸せが
あなたの宇宙に拡がりますように
リブログ・シェアも大歓迎です
「COMPONENT NEXT WORLD」
OTEMORI
OTEMORIには持ち主に必要なそれぞれの惑星の情報が入ってます
(何種類も入ってることも)
お持ちの方、コンタクトとってみてくださいね
出てくるイメージや言葉、感覚などなど
すべて情報です
たくさん使って、地球でどんどん楽しんでください~~
マイOTEMORIつくります
ご注文、お問い合わせはこちらへ
OTEMORIのなかまたち
モニターさまにお作りしたOTEMORIたち 個性豊か
CD 「未来はひとつじゃない」
↑真ん中のがYASUKOです
この写真は2年前
画面左が工藤千恵さん
右が平川かよさん
お二人にはコーラスにも
参加いただいています
大好きなお姉さんであり
家族みたいな、大切なお友達です
定価1200円(税込)
送料全国一律185円(クリックポストでのお届けとなります)
収録曲
1.未来はひとつじゃない
全国で講演活動をされている
工藤千恵さんのテーマソングとして
講演の最後に映像とともに
流していただいてます。
2.水紋
ご購入や、お問い合わせは
こちらまで、ご連絡ください
standblue1027☆gmail.com
(☆を@に変えてください♪)
インスタグラム
OTEMORIアカウント/otemori_yasuko
OTEMORI専用アカウントを始めました~
みにきてもらえたら嬉しいです
個人アカウント/yasukorunrun
クリープ生きろ。
一日開くかも知れない、と言いながらついつい、いつもの調子で何日も遅れて記事をアップしています。
GPFに出かける前に色んな仕事を片付けておこうと思い、ちょっとオーバーロードしてしまいました。えらいこっちゃ。でも頑張る。
さて、気を取り直して
ひとつ前の記事へのコメント、ありがとうございます。
選手が長年慣れ親しんだコーチから離れて練習拠点を移す、ということには確かに色々なパターンがあり得ます。単に練習環境を替えたかったのか、新しい指導法を試してみたかったのか、テクニカルな面を見直して滑りを一新したかったのか、これら複数の要因が絡み合っている場合もあるでしょう。また、その選手がキャリアのどの局面で変化を求めるのか、によっても違いがあります。伸び盛りの時なのか、伸び悩みの時なのか、などなど。
そこに「国境を越えて」の移動となると、さらにプロセスは複雑になってきます。私はもともと、国際移動が子供の成長に及ぼす影響というものが研究テーマの一つだったので、過去にこんな記事も書いてました:
2017年の四大陸選手権に出場した羽生結弦選手に関連付けて書いた記事ですが、ちょっと懐かしく読み返しました。あれから1年半以上経った今、羽生選手にとってカナダに渡ったことの意味を再度考えたり、つくづく、現時点でのフィギュアスケート界における「ユヅル・ハニュウ」の存在の大きさを実感したりしています。
あと数日で私はバンクーバーへと飛びますが、きっとGPFの会場現地に到着すれば(本来ならいるはずの)羽生選手がいないことに対して一抹の寂しさを覚えるに違いありません。
いえ、彼が欠場したことはもちろん、正しい判断だと思っていますよ。休んでくれてホッとしているのも確かです。
でもでも、羽生選手が出るのと出ないのとでは、大会の雰囲気が全く変わってしまうのです。特にここ二年ほどはそれが顕著で、羽生選手目当てのファンが多く詰めかけて来ているからだとか、セキュリティが必要だからだとかいうのではなく、メディア関係者も、大会主催者も、そしてもちろん選手たちも 彼の一挙手一投足に注目して、彼と一緒の試合に参加できることの興奮を味わっている。そんなワクワク感と良い意味での緊張感が漲っているからなのです。
前にも言ったと思うのですが、これは別段、羽生選手以外の選手へのディスリスペクトでも何でもなく、単なる事実を述べているだけ。
「ユヅルのいない大会は、クリープを入れないコーヒーのようだ」
という表現を日本以外の人々は使ってないかも知れませんが、思いは皆同じ。(日本でも使ってないか)
元から出ないはずの大会ではなく、出るはずなのに欠場してしまった大会ならなおさらです。
(そう言えばどっかでこの画像、使ったなあと思ったら、
昨年のGPFの時でした。。。)
ちなみにGPFの主催者であるカナダ連盟が、羽生選手の欠場によってようやくカナダ人選手が一人(=キーガン・メッシング)、参加できるようになってホッとしているだろう、というコメントがどこかに載っていましたが、それは「違う」 と私は言っておきます。これまで何度もカナダ連盟が主催した試合(オータムクラシック4回、スケートカナダ3回)に羽生選手が出てくれて、どれだけ各部署のスタッフたちが「YUZURU」 に感謝し、彼が会場に到着すると皆がテキパキと働き出し、どれだけ彼を大切に扱っているかを知っているだけに、そんな短絡的な考えを押し付けてほしくない、と思うわけです。
ほんと、そこんとこよろしくご理解ください。
ここからちょっと話が飛びますが、平昌オリンピックで羽生選手が二連覇を達成した際に、ジャッキー・ウオンさんが書いた記事:
を読まれた方は多いかと思います。(確か翻訳も出ていたようが気がします)
なぜ羽入結弦が “G reatest O f A ll T ime” であるのかについて、ジャッキーさんが挙げている点は私も全く同感です。つまり2012‐2013年のシーズンのSP世界記録更新から始まって、ソチ五輪以降の圧倒的な強さ、数々の主要タイトルや度重なる世界記録の更新、四回転時代に入ってからの熾烈な男子フィギュア競技において最大の舞台で頂点に立つべき時に立ったこと、そして負傷を乗り越えての五輪二連覇。
成績だけを見てもこれほど長い間、これほどコンスタントにトップレベルを維持したことは驚異的だとジャッキーさんは言います。
しかし私は、羽生選手がGOATと呼ばれるに値する根拠として、上記の戦績や記録だけではなく、1)フィギュアスケート競技の目指すべき方向性と、2)純粋にいちアスリートとしても見習うべき姿勢を示した点も含めるべきだと思うのです。
クリケット・クラブで理想とされる「トータル・パッケージ」のスケートとは、高難度ジャンプはもちろんのこと、全てのエレメンツを高いレベルで揃え 、つなぎの部分もおろそかにせず、振り付けと音楽を融合させるもの だと私は理解しています。シニア男子ではこれを全うしたのが羽生結弦とハビエル・フェルナンデスの二人で、2014年から2017年までの間、常にどちらかが世界タイトルを獲得し、2018年には羽生選手が五輪を制していることからも「トータル・パッケージ」の威力が伺えます。(ジャンプがなくてもダメだけど、ジャンプだけでも僕らには勝てないよ、と。)
羽生選手が凄いのは、新しいジャッジング・システムの下でも全くひるむことなく 、「ノーーー・プロブレーーム! 」とでも言うかのように新しいコンビネーションに挑んだり、二回転ジャンプを外すような構成を組んだりしているところ。そしてその結果、一人だけSP100点越え
二度も果たして見せ、「トータル・パッケージ」は依然として有効なのだ、と示したところ。
今年の夏の終わりにクリケット・クラブで公開練習が行われた時、コーチたちは口をそろえて「ユヅにとって、+-5GOEの新しいジャッジング体制は有利に働くはず」 と言いました。「そりゃあ自分とこのスケーターなんだから、それくらいは言うだろう」 と思った人もいたかも知れませんが、単なるリップサービスではないことがGPヘルシンキとGPロステレコム杯であっさりと証明されました。
そうやって常に天井に向かって挑戦し、届き、突き破り、新しい天井を作ってしまう。真のアスリートの姿、その競技におけるリーダーのあるべき姿です。
羽生選手がスケート界に若手のホープとして登場した時に、何かすごい事をやってくれそうだ、という期待を抱かせてくれましたが、ソチ五輪の後も、次の五輪までの四年間も、そして平昌五輪の後までも先頭に立って、男子スケート界全体を鼓舞して来た功績はあまりにも大きい。
え、まだこの先があるの?じゃあ行ってみてよ。
あ、行っちゃった。
え、まだこれ以上やるの?じゃあやってみてよ。
あ、やっちゃった。
羽生選手をフォローしているファンは毎シーズン、くる年もくる年も、エンドレスにそう言い続けて来ました。
彼が競技に取り組む様はあくまで「RELENTLESS」 (絶え間なく)、怪我や病気にもくじけることなく、淡々と、しかし熱く突き進んでいくから、我々はそんな彼をずっと見守って付いて行くのです。
そしてそんな我々を、羽生選手は置いてきぼりにするのではなく、いつも一緒に連れて行ってくれようとする。そこも彼を際立たさせている点だと思います。
2014‐2015年シーズンに」じゃないですが、もう少し高く、もう少し遠く 、と昇って行くのはそこから見た景色が美しいから。でもそれを独り占めするのではなく、他の選手にも、我々ファンにも、「ほら、こんなに綺麗だよ、みんな、見に来てごらん」 と誘ってくれる。
(そういえば昨年のオータムクラシックでライストを解説していたケベックのコーチ、「彼は(観ている者を)一緒に連れて行ってくれる」 と。)
彼が決して豊かではない体力を使い果たして、強靭ではない身体を痛めつけていることを知りながら、もう少しだけ長く、綺麗な景色を見せてほしいと我々が願うのは欲深いことであるに違いありません。
でもやっぱり、あと少し、あとほんの少し、と思ってしまうのです。
(2020年のワールドはモントリオール開催でっせ)
クリープに一目ぼれ
昨日は大阪Akaneちゃんの
ベーシック講座4期生の卒業日♡
最近、毎月1〜2回は大阪に行くのですが
1人で行くからトンボ帰りがほとんど。
どーせなら大阪で遊ぼう!!!って事で、
唯一の友達を誘って
大阪の夜を堪能してきました♡
↓見て、不意に撮られた写真。すっごいブサイクw
呼んじゃったよ。
みんな喜んでくれてよかった。
生のあかね、いかがでしたか?
・
・
・
前日の夜から大阪に移動したのだけど、
この夜、私はずっとイライラしていた。
夜、お腹空いてイライラして。
外が寒くてイライラして。
ミナミのキャッチがしつこくてイライラして。
心斎橋歩いてたら知らない人に抱きつかれてイライラして。
大阪という知らない土地にイライラして。
異文化にイライラして。
結膜炎で1週間引きこもって連絡来ない彼にもイライラして。
そう、何を隠そう結膜炎は彼から移ったのだ。
移ったのだから心配してくれ。
入ったクラブでEDMがかかってイライラして。
EDMが私は大嫌い。
EDMでジャンプしながら近寄ってくる踊れない人がもっと嫌い。w
あーーーーー!
もーーーーー!
イライラするヨォォォォ!!!!!
って、叫んでたw
hiphopを求めて心斎橋をぐるぐるしたら、
結局はすげーhiphopの場所を教えてもらって
気が狂ったかのよーに踊り倒せました♡
・
・
・
なんか、すごい久しぶりに素直にイライラを
堪能できたな!!!と気分爽快になりました。
大人になると、イライラするときに
相手の状況とか勝手に考慮しちゃうじゃないですか。
キャッチのお兄さんも、仕事だしな。。とか
外が寒いのは、冬だしな。。とか
大阪は、こーゆー街なんだな。。とか
彼も疲れて大変なんだろーしな。。とか
font>
踊れない人にとってEDMは最高だろーしな。とか
大人になればなるほど、
見える範囲が広くなって冷静になってしまい、
子供じみたイライラなんて
出来なくなっちゃいませんか??
それが、こんなにも
周りはどーだっていい!
そんな事より私は今!
イライラしている!!
と表現出来た事が、物凄く嬉しかった。w
付き合ってくれてありがとう、あかねさま。
「なんか、楽しそう。生き生きしてるよ。」
と微笑んでくれます。w
そうなの。
イライラってすごく純粋なエネルギー!!!
悪いものでもないのよね。
むしろ、イライラするのがすごく楽しかった。w
笑顔でイライラするぅぅーーー!!!
って言ってたもんwww
でね、なーんでこんなに素直に
天真爛漫にイライラして発散して
楽しめたのかな?と思ったら
ホテルで、これめっちゃ使ったんだった!!!
射手座ブレンド♡Penny♡
私、アセンダントが射手座でして♡
あかねちゃんの最高傑作らしく、
みんなに試してもらいたい!って
目をキラキラさせて言うもんだから使いたくて!
したら、まんまと
活発で、熱烈で、心が開いて、意志が強くて、
嘘がなくて、好奇心旺盛な
射手座そのものの性質がブワッと出てきたww
大人になるにつれて忘れてきた
大切なピュアな在り方が思い出せる気がする。
ピンと来た人は是非。
どーやらこのブレンドは1年中買えるんだってね!やったね!
香りもスッキリした甘さで最高に私は好き。
やはり射手座は相性いい♡
また変に大人ぶって
押さえ込みそーになったら使おう♡
子供の頃、大人ぶってきた私には
最高のブレンドでした♡
ここから買えるよ!↓
今自分に必要なオイルをオリジナルブレンドするのもたのしーし、
すごい感性の人がブレンドしたオイルの新たな香りを堪能するのもたのしー♡
とにかく、香りってすげーーーーー♡♡♡
私的に、このステッカーがタイプ過ぎ!
A post shared by (@ami_shinozaki) on Nov 26, 2018 at 7:46am PST
なんでもどーぞ♡
・
・
クリープのエロい歌が大好き。
【エロ】
今日は明日、昨日になるんだから
もう焦らしてないでエロい事しよーよ。って歌。
【ラブホテル】
夏のせいにすればいいじゃん。
それもダメなら君のせいにしたらいいよ、つって。
吹いたら飛んでいきそうな
い男に、
会ったらヤれそうな軽い女に見られたって歌。
最高。